詠百首和歌 妙法蓮華経序品第一  序品 如是我聞 我聞くと傳ふる人の微かりせば爭で佛の法を知らまし 佛には終に成るべき身にしあれば法の花をも我聞くとして 我聞きし鷲のみ山の言の葉は鶴の林の後にこそ散れ 石清水は今いふ人の言の葉のさながら浮ぶ流れなりけり 照于東方 昔をもさやかにぞ見る出づる日に迎ふ光の曇りなければ 入於深山 芳野山奥の栖を尋ねつゝ佛の道はこれよりぞ知る 悉捨王位 法の爲と思ふになればすべらぎの跡をだにこそあだに捨てしか 其後當作佛號名日彌勒 鷲の山入りゆく月の跡に又出づべき御名を聞くぞ嬉しき 我見燈明佛 燈火の光をさして答へずば御法の花は誰か待ち見む 妙法蓮華経方便品第二 方便品 佛たち悟れる宿のかどなれば惑ふ我らは入り難きかな 諸法実相 津の國の難波のことも誠とは便りの門の道よりぞ知る 止々不須説 やめやめと止めし門も終に尚こふに依りてし君が言の葉 禮佛而退 上慢の限りなりけり鷲の山五千の人のさをだちしこと 其の御法心に入らで出でにしは得ぬを得たりと思ふ人のみ 出現於世 今ぞ知る野邊に咲くべき蓮の葉を照らさむとてや出の端の月 開佛知見 世に出でて佛の道を引く人は元の心の通るなりけり 唯有一乗法 いづ方も残さず行きて尋ぬとも花は御法の花ばかりこそ 如我昔所願 葛飾や涙の道にぞ渡しける昔思ひしまゝの繼橋 常自寂滅相 昔より心長閑に行く舟は惑ひし波の末をしぞ思ふ 乃至以一花 惜しけれど一枝折らむ櫻花さてぞ佛の種と成るべき 若有聞是法 越えてみな佛の道に入る波は此の法を聞く末の松山 知法常無性 難波潟深き江よりぞ流れける眞を知るぞ水ぐきの跡 世間相常住 改まることも渚による波をかけて顯はす君が御代かな 聞是法亦難 法の道にあふ嬉しさを岩蹲踞片杖も色に出でにけるかな ※蹲踞=そんきょ 蹲=蹲+おおざと 妙法蓮華経譬喩品第三  譬喩品 必當得作佛 高き嶺に先だつ人を見るからに我も行くべき跡を知るかな 猶如火宅 年古りて朽ち行く宿に燃ゆる火は悟らぬ程の栖なりけり 惑ひ行く浮世の中に燃ゆる火を古里とのみ思ひけるかな 等一大車 憂しやさは斯かる車を有りと知りて乗らばやとだに思はざりける 悉是君子 教へ置く御法を見るもかひぞなき我が垂乳根は鷲のみ山に ※垂乳根=たらちね 諸苦所困 心から越え行く道の苦しきは峯の花まで思ふなりけり 妙法蓮華経信解品第四  信解品 無上寶聚 思ひ知れかみなき程の寶さへ求めて得るは誰故ぞさは 沖つ波思ひもよらぬ磯ね松かゝる寶の花の咲きける 時しもあれば求めぬ人も來てぞ見る柳櫻の春の錦を 淨佛国土 我が心人の爲まで餘り行けば清くも國のなりにけるかな あだの花心をしめて眺むれば佛のやどにとものみ奴 止宿草庵 草の庵に假初臥しをするまでも我が垂乳根の名残なりけり ※假=仮 如何にして都の外の草の庵に暫しも止る身と成りにけむ 報佛之恩 まして如何に浮世に廻る人の親の報いをだにも報い盡さぬ 以佛道聲 松風の聲を傅ふる荻の葉もそれ故にこそ人に知らるれ 松風の聲を傅ふる言の葉も鹿の苑にや靡き初めけむ ※靡く=なびく 妙法蓮華経薬草喩品第五  薬草喩品 現世安穏 後の世も嬉しかるべき道なれば今日行く空も長閑けかりける 吹く風も枝を鳴らさぬ行未は散らぬ花をや宿に眺めむ 普皆平等 今日の空に普く灑ぐ雨の色は皆人ごとに心にぞしむ ※灑ぐ=そそぐ 汝等所行是菩薩道 志賀の浦に春見し花の色ながら露も變らぬ鷲のみ山路 ※變=変 妙法蓮華経授記品第六 授記品 事をさふる物こそなけれさても若し有らばさながら法の里人 心尚懐憂苦 悟り行く人はふたりに成りにけり羨ましきに濡るゝ袖かな 妙法蓮華経化城喩品第七  化城喩品 觀彼久遠 する墨のいふばかりなき古も今日かきつくる心地こそすれ 從冥入於冥 頼むべし闇より闇に移るとも影に影そふ月も出でなむ 願以此功徳普及於一切 行ひの果てに唱ふる言草を植ゑける袖や天の羽衣 以是本因縁今説法華經 見ぬ昔はるかにむすぶ岩代の松も契りも今や解くらむ 權化作此城 かりそめの宿とこそ聞け旅の空ながむる末は紫の雲 法の道に今日かりそめに草枕結びし末の宿ぞ嬉しき 妙法蓮華経五百弟子受記品第八  五百弟子品 内祕菩薩行 山の端の月にぞ乗りし暫しこそ野邊行く鹿にかくる小車 其不在此會汝當爲宣説 法の花散れども失せぬ物なれば今日見ぬ人に尚も傳へよ 不覺内衣裏 袖の上の露の迷ひをうち返し衣の裏の玉を見るかな 妙法蓮華経授学無学人記品第九  人記品 我願既滿 我か願ひ滿ちて嬉しきまどゐかな誰も望みのかなふ席に 妙法蓮華経法師品第十  法師品 法華最第一 思ひきや八百萬世の法の中に勝れて奄モ花を見むとは 春の山秋の野原を詠めすてて庭に蓮の花を見るかな 三度まで移し替へてし大空に藪限りなき光をぞ見る 柔和忍辱衣 墨染の袖を問ばばや法の師に其れぞ眞の信夫もぢずり ※もぢずり=てへん+戸+犬摺(ずり) 寂寞無人聲 草の庵に聲も心も澄みぬらし人は影せぬ光をぞ見る 妙法蓮華経見宝塔品第十一  寶塔品 有七寶塔 目もあやに雲居にぞ見る古の聖の任みし宿の氣色を 移諸天人置於他土 歸り來て見るらむものを鷲の山天の羽衣映す袂を ※袂=たもと 移し替へし鷲の山邊のみ空よりいかなる月の澄み昇りけむ 皆在虚空 天の原思ひかゝらぬ雲の上も眞の道の宿となりぬる 諸寶樹下 木の本や寶のとぼそ明く方に藪限りなき光をぞ見る 世々を經て木の本毎に散る花は久しく奄モ例なりけり 擔負乾草 法の爲例ふるはよな猛き火に枯れたる草の燒けぬのみかは ※擔=担 是名持戎 一つ法を暫し保てば十の罪も涜さぬ人に成りにけるかな ※涜さぬ=けがさぬ 妙法蓮華経提婆達多品第十二  提婆品 皆因提婆達多 有りし昔われ導きし杣人を今日は仇とや人の見るらむ 又聞成菩提 君も佛われも佛になるならば苦しむ人は皆逃れなむ わたつ海や月は澄まぬと聞くからに同じ光ば尚山の端に 誰か知らむ我が身を人にいひ懸けて寄せ來る波の底の深さを 龍女成佛 玉故に出でぬと見えし海の月やがて南にさし昇るかな わたつ海や頓て南にさす光玉を受けしに兼て見えにき 妙法蓮華経勧持品第十三  勧持品 何故憂色 芭蕉葉やいかなる風を傷むらむ秋の心ぞ色に出でぬる 我不愛身命 諸人の命にかふる法なれば弘むるかひの無からざらめや 法のたあ借しまぬ命盡きせずばうき世の中に唯忍ぴてむ 妙法蓮華経安楽行品第十四  安楽行品 在於閑所 嬉しくも心しづかのすみかには誠と知るも又誠かは 法の爲安く行くべき道や孰處人も問ひ來ぬみ山邊の里 ※孰處=いづこ 不可得聞 見ず聞かず況して手に取ることは有らじ今日我が得たる法の寶を 見ず聞かぬ法の潮合の國に來て心を引くや和歌の浦人 常有是好夢 思ふべし我が現こそ悲しけれ御法の宿と見る夢ぞその 妙法蓮華経従地涌出品第十五  涌出品 我常遊諸國 庭の面にかゝる光は又ぞ見ぬ遊び殘せる國はなけれど いづくにも思ひぞよらぬ木の本の下より立ちし花の自波 父少而子老 打ちちかぶ親子ながらの姿こそ昔を悟る端となりけれ 垂乳根を和歌の浦わと見し儘や子は又老の波を懸けける 妙法蓮華経如来寿量品第十六  壽量品 無有生死 打ち返し誠を照らす日の前に死ぬるも見えず生まるゝも無し 吉野川奥に心の澄みぬれば散る花もなく咲く枝もなし 常在靈鷲山 闇のよるも晝をもわかず鷲の山いつも長閑に有明の月 壽命無數劫 是れぞ誠佛の道に入りしより得てし命は盡くるものかは 如醫善方便 げにぞ悟る病に得たる薬より知らぬ印ばあはれなりけり 風に惱む眞葛が原の朝日影のどけき方の便りなりけり 得入無上遣 み山路や惑ひ惑はず行ぎ行かず思ひ知るこそ知るべなりけれ 惑ふ人の心の行に従ふや上なき道の知るべなるらむ 妙法蓮華経分別功徳品第十七  分別功徳品 清淨之果報 浮世をば出でてし上に登り行く清き山路の限りなぎかな 不久詣道場 急ぎ行く宿し變らぬ道なれや五つの品の四つの誠を 妙法蓮華経随喜功徳品第十八  隨喜功徳品 如是展傳教 傳ひ行く五十の未の流れまで御法の水を汲みて知るかな ※傳=車+専 妙法蓮華経法師功徳品第十九  法師功徳品 父母所生眼 蜑の刈るみるめにかゝる藻屑まで清き光の障るものかは ※蜑=あま (水に潜って魚介類を捕る人) 唯獨自明了 よそに知らぬ人のけしきはさもあらばあれ獨り心の月を見るかな 皆與實相不相違背 何事も誠の法に顯はれてたがはすと知るぞ限りなりける 悟り行く心の水に染みぬれば如何なる色も浮ぶものかは 是人持此經 嬉しきは終に住むべきみ山路の草も搖がぬ法の秋風 ※搖がぬ=ゆるがぬ 妙法蓮華経常不軽菩薩品第二十  不軽品 我深敬汝等 二十餘り五つの文字に顯はれて佛の種は隠れざりけり 避走遠住 うてば逃ぐ逃げても拜む心より人を輕めぬ名をぞ留むる 妙法蓮華経如来神力品第二十一  神力品 現大神力 十までの神の力と聞く御法げにぞ佛のしるしなりける 即是道場 此の國の難波の浦の大寺の額の銘こそ誠なりけれ 於我滅度後應受持斯經 法の花に佛の種を結ぶごと疑ふまじと聞くぞ嬉しき 妙法蓮華経嘱累品第二十二  嘱累品 如世尊勅 三度撫でて契りし君の勅なれば今日まで誰もその示教利喜 各還本土 諸人の返る光は消え果てて其の木の本や寂しかりけり 多寶佛塔還可如故 大空に響きし宿の戸ぼそをば明けし聖や又もさしけむ 妙法蓮華経薬王菩薩本事品第二十三  薬王品 而自燃身 燈してし其の身も元に返りにき返るも燈す報いならずや 最爲第一 蓮こそ清き花には勝れたれ星の中には月ぞさやけき 星の中にさやけき月の光よりさしてぞ著き十の譬へは ※著き=しるき 如渡得船 渡守なからましかば湊川苦しき海も此れよりぞ知る 網手縄苦しき海をよそに見て浮世を渡す淀の川舟 於此命終即往安楽世界 我妹子も教ふるまゝに行へば終り嬉しき道とこそ聞け ※我妹子=わぎもこ 夕月夜さすや岡邊に露消えて西に開くる女郎花かな 廣宜流布 嬉しくも廣く降りしく法の雨の潤う國に生まれけるかな 雪の山のみ法なるらし年を經て廣く降り敷く末ぞ嬉しき 法の花散らぬ宿こそなかりけれ鷲の高峯の山颪の風 ※颪=おろし 病即消滅 法の風に秋の霧さへ晴れのきて凋む花なきませの中かな 妙法蓮華経妙音菩薩品第二十四  妙音品 衆寶蓮華 驚の山あまた蓮の開けしを驚きながら知る人ぞなき 不鼓自鳴 鷲の山妙なる聲のゆかりには風吹かねども峯の松風 妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五  觀音品 便得離欲 根に生ふる罪と聞きしも君か爲離るとするも嬉しかりけり 常に思ふ心の儘によしなやと重ねしつまは思ひ返しつ さよ衣うらにも夢を悟るかな重ねしつまを思ひ返しつ 以種々形遊諸國土 三十餘り三つの誓ひの嬉しきはさまざまになる姿なりけり さまざまの心盡しに行く舟や返る姿にあふの松原 施無畏者 畏れなき道に導く光こそ我が名に立てて人に知らるれ 心念不空過 頼みてもなほ頼むかな思ふこと空しく過ぎぬ人の誓ひを 妙法蓮華経陀羅尼品第二十六  陀羅尼品 無諸衰患 衰ふる愁へやいづく法の道に拂ひぞ棄つる天の羽衣 嬉しきは花に風なき吉野山月は曇らぬ更科の里 羅刹女等 我妹子もけ疎き様に思ひしよ深く御法の花を詠めて 十の名を法の席に聞きしよりげに懐かし妹が言の葉 妙法蓮華経妙荘厳王本事品第二十七  嚴王品 願母放我等出家作沙門 垂乳根を導かむとてたらちめに請ひし暇の末ぞ嬉しき 善知識者 如何にせまし悪しき道をも善き方へ教ふる人の無からましかば 人の來て導く野邊に出でぬれば麻の中なる蓬をぞ見る 妙法蓮華経普賢菩薩勧発品第二十八  勸發品 成就日法 嬉しくも佛の御子の縁とて八年の法を二度ぞ聞く ※縁=ゆかり 法の名を佛のみこに仕ふとて四つの心に結ぴ入れけり 皆是普賢威神之力 霜を沸ふ主となれる力にや又なき法の花を見るらむ 作禮而去 馴れ馴れて涙の雨や曇るらむ歸る空なき鷲のみ山路 如何ばかり露けかりけむ鷲の山苔の筵の跡の暮方 八年まで苔の席に馴れ馴れて露分けわぶる鷲のみ山路 以暮秋初冬之候入二諦一如之觀忽詠四五之拙歌法楽三所之權 現利他而思觀自念而朝市之春花勿萎于鳳闕仙洞都鄙之秋風莫  攪於佛法王法依此倭國之風俗欲彰淨土之月輪矣 夫當社者得名於春日末代之天悲光於秋心濁世之月和歌者是神國之風 俗也有便于法楽愚短者亦人間之吹虚也無恐于披陳歴四序號成 意晝一心號述懐若感應道交者蓋納受露膽哉其詞云 ****************************************************** 平成十三年二月五日書写  石伏 叡齋 eisai@rr.iij4u.or.jp eisai@kosaiji.org  底本 拾玉集巻第四  経典名  妙法蓮華経で始まる正式な経典名は書写した私の挿入 ******************************************************