日蓮宗について
はじめに

 広済寺は日蓮宗の寺院である。日蓮仏教について述べたい。

日蓮というとそれだけで拒否反応を示す方も少なくないだろう。一方で、キリスト教徒の内村鑑三が『代表的日本人』で日蓮聖人を海外に紹介している。宮澤賢治、高山樗牛といった文人は日蓮聖人を絶賛している。人によって、好き嫌いの差が著しい日蓮聖人である。

日蓮聖人を少し知っただけでは、排他的とか、社会問題を引き起こした新興教団が宗祖と仰いでいるというネガティブなイメージしか持たれないかも知れない。しかし、日蓮聖人の本質について知れば、誤解の多くが解けるのではないだろうか。

また、日蓮聖人のお題目信仰をしている方でも、その本質を知らない方が多い。日蓮宗を木釼修法による祈祷教団だなどといった誤解が、その最たる例である。残念ながら日蓮系僧侶の中にも、祈祷、霊感、占術と本質と離れたことに終始していることも、以前はよく見かけたものである。心は日蓮聖人の近くにいるつもりが、実は遠いところにあった。そんなことにならないようにするためにも読み進めていただければ幸いである。

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
宮澤賢治『農民芸術概論綱要』序論

それこそが、法華経の精神であり、生きづらいこの社会への唱題を通じた抜苦与楽の処方箋ではないだろうか?